第7回こだわり生産者訪問「こうじや商店」
第7回こだわり生産者訪問は9日長野県小諸市の味噌屋
「こうじや商店」を訪問しました。前日の夜、小諸市のロハス
仲間と忘年会(びおとーぷのブログ「壮行」)、翌日天地釜に
岡本一道さんを訪問(おぐおぐのブログ参照)、蕎麦七で名物の
せいろを食べてから、今年最後の生産者訪問に創業200年の
伝統の味噌を作り続けられている家族経営の糀屋「こうじや
商店」さんを訪問しました。軽井沢には雪がちらつき小諸はもう
冬でした。 (ホワイト)
「こうじや」さんは天保元年に「糀屋」の看板を掲げてから、現当主は8代目。創業者は農家の次男で、関西に出稼ぎに行って蔵元で修行、麹師の経験を積んで戻り、地元で糀を各家庭に売る仕事を手がけたのが始まり。昔は、味噌は各家で仕込むのが当たり前。自分の家で大豆を煮込み、すり潰し、それに買ってきた「糀」と塩を混ぜ仕込み、熟成させる(いわゆる「手前味噌」)。動物性蛋白源の少ない当時では各家庭の貴重な保存・蛋白質だったようです。大家族で1年分使う味噌を、春先に仕込む「味噌炊き」は季節の風物詩。従って当時の商売は当然、糀及びその加工品の販売。店の名前も「糀屋」だった。
<店先に並ぶ味噌を漬ける樽と窓の外の「糀屋」の暖簾>
<こうじや 自慢の 糀 です>
現在都会では味噌は熟成した完成品(「田舎味噌」等)を買うのが当たり前だが、信州では「味噌は自分の家で作るもの」と言う文化は残って居ます。核家族化が進み、庭先に大釜を据えての<味噌炊き>は難しくなったが、今でも樽に仕込んだ状態の味噌を買ってきて(「仕込み味噌」)、味噌の熟成は自分の家で行う習慣が多いそうです。その為に「こうじや商店」の商品は 「糀・麹」「仕込み味噌」「田舎味噌」「味噌漬け」「甘酒」と製造工程の各段階での製品が商品になっていました。出来上がった製品を買ってきてそのまま食べる、都会とは一味違った品揃えです。同じ条件で仕込んでも、微生物が活躍する醗酵・熟成の過程では、自然の条件の影響が複雑にからみ合い、味噌は個性的な風味が醸し出されるようです。醗酵・熟成の間に、糀菌などの働きによって原料中のたんぱく質はアミノ酸やペプチドに、デンプン質は糖化されてブドウ糖になり、さらにアルコールや有機酸になり、それが味噌の旨みを決定する要因だそうです。皆さんも仕込み味噌からの熟成に挑戦して見ませんか。勿論原料米、大豆の生産者の顔も分り(全て国産)、天然塩と200年の伝統を持った自慢の糀を仕込んだ「仕込み味噌」です。
こうじや商店は2年前に、昔からの蔵を現在の場所に移転されました。糀は蔵に住みつきそれが独特の「蔵ぐせ」を醸し出すと言います。新しい蔵に、移設した木材に200年住み着いた糀菌が、無事住みつくよう目下ご主人はご苦労されている所と伺いました。このお店の天井の柱も昔の蔵から持ってきた物で何度拭いても青いカビが滲み出てくるそうです。醤油製造で永年中断していた、天然麹菌からの醸造に成功させた事例を、ネットで読んだ記憶が有ります。その時も成功の鍵は創業200年の蔵に住み着いた麹菌の力だったと聞いております。工場は見学できませんでしたが、昔ながらの方法で造っているというお言葉に、近代的工場でない昔ながらの麹菌の住みつき易い製造所をイメージしました。
「私は本当はこだわりという言葉は、余り好きではないのです」。又、自分では決して「こだわりの生産者」ではないと思って居ります。「当たり前の事を、普通にやっているだけですので」とおっしゃるご主人。「昔からやっている事を、一つ一つ着実に守っているだけです」「その代わり仕込み時期には、寝る間も無いですが」。大量生産と効率化を追い求め、安い、均一製品を大量に造り、余った時間を無為に過ごしていたホワイトにはなんとも耳の痛い、言葉でした。











