びおとーぷコラム5「ソーシャルIPO(2005年10月号)」
*2005年6月~ダイナーズカードの会報誌『シグネチャー』で連載されたコラムを、あらためて加筆修正し不定期で掲載していきます。
『ソーシャルIPO』という名のマーケット
先日、とある未上場企業の経営者と話をしていた時のことである。「上場は別にいつしてもいいんだけど・・・、その際には、当社の理念、取り組み、事業の社会性を理解して、心から応援してくれる人にだけ株主になってほしいんだ。そういうことってできるのかな」。何気ない質問だったのかもしれないが、思わず言葉を失ってしまった。最近では米国流の「敵対的M&A」がマーケットを席巻しており、とても「イエス」という答えが期待できないと分かった上で、あえて課題をなげかけるようなこの質問である。しかし、これは本当に実現不可能なのだろうか?
最近、このようなこともあった。私の友人の話しであるが、新興市場から猛スピードで市場2部、1部へと所属を移していった、業界でも有名な成長企業に彼は勤めている。さぞかし誇らしい顔を見せてくれることだろうと期待して数年ぶりに会ったある日のこと、そこには明らかに疲れ果てた一人の男の顔があった。聞くと上場前から上場後、企業がステージを変えてどんどん成長していく過程の中で、情報開示、内部統制等、仕事は忙しくなる一方で、社員もどんどん入れ変わり、社内の雰囲気も随分険悪になったという。これはある意味、企業が成長する上では仕方のないことであり、成功のイメージだけが先行する株式公開の「裏の顔」でもある。
こんな折、ワールドに次ぎポッカコーポレーションもMBO(経営陣による企業買収)を実施して、上場廃止を目指すという。これは既に多く語られているように、株式を非公開化することにより、他企業が敵対的な買収を仕掛けようとしても、(現経営陣側に立つ少数の株主が株式を保有しているため)買い集めが難しくなり、買収を成功させないようにするというものである。これら一連の話の中で、さすがに、株式公開(Initial Public Offering)という仕事に関わる身としては、色々なことを考えさせられた。「株式公開をするとはどういうことなのか」。資本市場の方向性は、果たして今のままで良いのだろうか?
古くて新しいテーマではあるが、「会社は誰のもの」なのか。株主の地位がことさらに重要視されているような昨今、機関投資家、外人投資家、個人投資家マネーのマーケットへの流入が一層加速してきている。今後、ますます上場企業は外部からの目にさらされることになるであろう。一方、最近では「CSR(企業の社会的責任)」という言葉もだいぶ認知されてきてはいるが、あらゆるステイクホルダー(株主、取引先、顧客、従業員等)に対して配慮するという「あるべきCSR」を実践できている企業は果たしてどれだけ存在するのであろうか。行き過ぎた株主資本主義は、その一方では他のステイクホルダーに帳尻合わせを求めることになる。また、米国においても、株式公開することで社員の処遇など企業文化が侵されるのを嫌って「未公開」の道を選択し、経営者、役員、社員の満足を充足させながら堂々たる業績を誇っている企業が出てきていると聞く。日本もこの道を歩むのか。
最近の新しい動きとして、より良い社会の実現に向けて立ち向かうNPOや社会起業家
に対して投資や融資を行なうという団体、個人が生まれてきている。ここで求めるリターンとは「金銭」だけではなく、「社会貢献度合い」「社会的意義」というものであったりする。このような起業家や経営者の志、想い、活動を応援するといった仕組みを持つ新しいマーケット、言うならば「ソーシャルIPO・マーケット」なるものについて議論されることがある。相互の信頼関係、コンセンサスの下、情報開示なども企業の負担になりすぎることなく、「性善説」の下で成立する経営者と投資家・株主の関係。理念を共有し、投資家も長期的にはリターン(金銭的な)を得ることができ、そこで働く人々も自らの役割に満足し、全てのステイクホルダーが同じ方向を向いていられる仕組み。従来のマーケットを必要としている当事者が存在する一方で、新しい枠組みを必要とする当事者が仮に生まれてきているのであれば、このような議論も必ずしも無駄であるとは言えないかもしれない。
【編集後記】
パタゴニア創業者の本「社員をサーフィンに行かせよう」を購入した。書店でも結構品薄であった。売れているようだ。自然に親しみ、環境意識をはぐくみつつ、仕事は効率的にこなすといった働き方。そんな働き方をイヴォン氏は自ら実践している。少々おこがましいかもしれないが、それこそ私が目指す生き方、働き方。そんな生き方を実現できるよう、これからも頑張っていきたいものである。











